Q1. 現在の事業内容について教えてください。
株式会社CPSは、企業の産業保健体制を支える産業医サービスを提供している会社です。私自身も医師であり、産業医として、会社と契約を結んで、嘱託産業医としての業務を行っています。
メンタルヘルス対策や健康経営の支援にも力を入れています。2028年4月から「50人未満の事業場」でもストレスチェックが義務化されます。その実施やサポート、面談も行っていく予定です。
一人ひとりのメンタルヘルスと、組織としていかに健康な職場環境を整えるか。働く人たちがしなやかに力を発揮できるように、産業医学的な見地も含め、企業と個人をそれぞれのニーズに合わせてしっかりサポートしていきたいです。
Q2. 産業医とは、どのような仕事なのでしょうか。
「会社のお医者さん」ではあるのですが、病院やクリニックの医師とは役割が違います。風邪をひいたときに薬を処方するといった直接的な治療を行うのではなく、健康を保つ、病気を予防する対策や働きやすい環境づくりを担う仕事です。専門的な治療が必要な方には、クリニックや病院を受診していただきます。
産業医の仕事のひとつは、働く環境がきちんと整っているかをチェックすることです。これは労働安全衛生法という法律で定められていて、オフィスであれば照明の明るさや温度、湿度は適当か、危ないところに物が置かれていないか、耐震対策はできているかなど、安全で快適に働ける物理的な環境を確認します。この「職場巡視」は原則として月1回行うことが法令で定められています。
それから、健康診断結果のチェックと事後措置です。血液検査などの数値から過重労働による脳卒中や心筋梗塞などのリスクを評価し、「健診結果から判断すると、働き方の調整が必要ですね」といった医学的な助言や就業上の配慮について、本人や会社へアドバイスをします。
また、健康相談や復職支援も重要な役割です。「こんな症状あるんですがどこの病院に行ったらいいでしょう」「最近眠れないんですが、どうしたらいいですか」といった相談にのったり、休職された方の復職をフォローします。復職する時は、主治医は「日常生活が送れるか」を基準に判断することが多いですが、産業医は「実際の業務負荷に耐えられるか、安定して出勤できるか」という働く環境の現実に合わせて復職できるかを判断し、復職プランを会社と一緒に組み立てていきます。
事業所の人数が50人以上の事業場は産業医の選任義務があります。人数や業種によっては、常勤の「専属産業医」を置く必要があります。私は専属ではなく、嘱託産業医が必要な会社と契約をして、現在10社ほどを担当しています。
Q3. 他の産業医の方との違い、強みはどこにありますか。
1つ目は、英語で産業医ができることです。外交官時代に培った実践的な英語力と異文化理解を活かして、外資系企業やグローバル組織で、英語での相談を希望する人と英語で面談ができます。
2つ目は、「言葉で脳を書き換える」独自のメンタルアプローチを行っている点です。言葉の入力を変えることで脳内の固定化した神経回路(ネットワーク)を物理的に上書きし、不調の根本からの回復やパフォーマンス向上を促すメソッドを開発し、発信しています。
Q4. その独自のメソッドについて教えてください。
一言で言えば、症状に合わせて最適な言葉を処方し、脳の神経回路を物理的に上書きする『ことばの処方箋メソッド』です。
すでにあった優れた言語的アプローチに着目し、医学・心理学の見地から体系化したいという想いから、この言語的アプローチの共同開発を進めてきました。脳の神経回路は入力される言葉によって可塑的に変化します。一人ひとりに最適化した「ことばの処方箋」を処方します。処方された人は、処方箋の言葉を声に出して読み、脳に入力することで、不安や落ち込み、腹痛、腰痛など心身の不調を引き起こしている脳の回路を、ことばを使って別の回路に上書きしていきます。ご自身の言葉でご自身の脳を書き換えることで、不調からの根本的な回復やパフォーマンス向上をサポートします。
これまで約3000人がオンラインで言葉による脳の書き換えを体験しています。私自身は診療や産業医面談で、一人ひとりの必要性に応じて、言葉で脳の神経回路を書き換えるアプローチを活用しています。『ことばの処方箋メソッド』はオンラインのみでも完結できる、他の治療法とも同時に行えるので、気楽に受けられるのが大きな強みです。
現在は、これまでに得られた結果を医学論文として発表する準備を進めています。気楽なメソッドを超えて「科学的根拠のある脳の最適化技術」として完成することを目指して、『ことばの処方箋メソッド』の発信と普及に取り組んでいます。
Q5. 理念やビジョンについて教えてください。
「自分を大事にする。言葉にする。成長する。」株式会社CPSのビジョンです。
何よりもまず、自分を大事にする。そして、他人を大事にする。自分が整っていれば人の役に立てます。どうやって自分を大事にするのか、それは自分に向ける言葉です。
例えば、誰でも、何かをできない自分を責めることがあります。その時に、自責感を客観的に観察して、言葉で自分自身の脳を書き換えていく。その客観的な観察の手助けとことばの処方をするのが私がやっていることです。
Q6. 経営者になられた経緯を教えてください。
もともとは産業医の紹介会社を介して産業医の仕事をやってました。間に仲介会社を挟む形の契約です。より密度の高い支援を行うために会社との直接契約へ切り替えたいと考えました。が、契約先が一般企業なので、個人事業主ではなく法人格が必要となり、法人を設立しました。経営者としては4年目になります。
Q7. 精神科医を目指されたきっかけは何でしょうか。
私は子どもの頃から、精神科医になりたかったんです。祖父が精神科医で、35歳のときに戦争で亡くなっているんですが、小さいときから「あんたのおじいさんはこんなに偉い人で」と言われて育ってきたこともあって。
ただ、高校2年生くらいまでは医者を目指していたものの、国公立でないといけない、自宅から通えるところで浪人はダメ、と親から言われて、行くところがないと思ったんです。それですっぱり諦めて、精神科医に一番近いのは心理学かなと思って、心理学に進みました。修士課程まで行ったのですが、学問として極めるのはやめて、就職しました。
いろいろあったのですが、一番長くいたのは外務省で、13年間勤務しました。今では、医師が一番長くなりました。
Q8. 外交官から医師へ。その転機を聞かせてください。
外務省で外交の仕事をしている間に、やっぱり医者になりたいと思う出来事がいくつかありました。その大きな転機のひとつが、2001年に起きた「えひめ丸」の事故です。
ハワイ沖を航行していた宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」が、急浮上してきた米海軍の原子力潜水艦に一方的に衝突されて沈没し、9名もの尊い命が失われた大事故でした。当時、北米担当部署にいた私は、事故直後、現地でご家族をサポートする任務に加わることになりました。
私が現地ハワイに入ったのは、事故から10日ほど経った頃です。懸命な救助活動が一段落し、事態の厳しさは誰の目にも明らかでした。それでもご家族の皆さんは、家族が生きて帰ってくることを、心のどこかで信じていらっしゃいました。今もなお、その思いは変わらないのではないかと思います。
現地の方々が家族を励まそうと様々な催しを企画してくださり、私はその通訳を務めました。現地の人の思いを通訳する私は、あまりの痛ましさとご家族の心情を思うと、通訳しながら涙をこらえきれなくなってしまったのです。
その時でした。ご家族の一人が、「あんたが泣くことないよ」と、逆に私を気遣ってくださいました。
命の危機や喪失に向き合うとき、どれほど心のケアが必要とされるのかを、頭ではなく身をもって経験し、振り返ってみれば、この経験が医師を目指すきっかけの一つとなりました。
その後もODA(政府開発援助)や国連人間の安全保障基金の業務を通じて、途上国の保健医療分野の案件に携わる機会がありました。例えば、数ある母子保健や感染症対策などのプロジェクトの、どの案件にどれだけの支援を行うかを審査する仕事に携わっていました。
ただ、そうした仕事を続ける中で気づいたのは、限られた予算をどう配分すれば支援の対象となる人々の健康に最も資するかを検討し、判断するという仕事のやりがいと同時に、自分自身がもっと直接、個人の健康に関わりたい、という思いが強くなっていったことです。
その他にも、きっかけは多数あったのですが、40歳を過ぎてから医学部に入り直しました。
Q9. 仕事をする上で大切にしている価値観は何でしょうか。
「自分を大事にする」です。自分の考えや期待と違うものを見ると、否定したり、非難したり、拒否したくなったりします。その時に、「私は私を大事にする」、その上で、「相手が相手自身を大事にできる」ようなアドバイスを心がけています。
それと、人とのつながり、ご縁を大事にしています。私のネットワークはほんと広いと、いろんな人から指摘されて分かったんですけれど。幼稚園、小、中、高、複数行った大学、勤めた複数の職場、今はやめてしまった習い事の友達や先生。あらゆるつながりがあって、その中心にいるわけではないんですが、人と人をつなげてあらたなネットワークを紡いでいくのが楽しいんです。
Q10. いま感じている一番の課題は何でしょうか。
言葉で脳を書き換える「ことばの処方箋」については、現在、一人でも多くの人に知ってもらえるように展開中です。今後、どう届けていくかを企画案を練っているところです。物販やコンサルティングなどのビジネスと同じ経路で展開できるのか、どういうマーケティングが合っているのか、研究中です。
今考えているのは、このメソッドの紹介動画を作って、それを配信した上で、最後に質問に答える時間を設ける、という形です。紹介は動画で、質問を受ける時間は私が直接お答えして、より多くの人に届けられる仕組みを作る予定です。
Q11. これだけは譲れない、という思いを聞かせてください。
成長を応援する。
罪悪感を自己肯定感にかえることも成長の応援です。
罪悪感を感じることは誰しもあります。責任感が行きすぎると罪悪感になることもあります。罪悪感を抱くこと自体は、あっていいと思うんです。ただ、その罪悪感を持ち続けることをストップして、自己肯定感に書き換えて、成長につなげる、というのが私の思いです。
「私なんて」と言った時点で、すごく自分を落としているじゃないですか。でも、人間であれば絶対にそう思う瞬間はある。「私なんてダメだ」と言った瞬間、脳はそれを事実として処理し始めます。でも、「私なんてダメだ、と思った」と一歩引いて客観的に見る。そして「でも、ここまでできている」と、できている事実を言葉にする。言葉の入力を変えて、罪悪感を自己肯定感にかえる。出来上がった回路を書き換えるには継続的に何回もインプットが必要です。言葉で脳を書き換える。自分の言葉で自分の脳を書き換える。みんなに、それをやってほしいと思っています。